アメリカは「犯罪が多い国」というイメージを持たれがちです。
ニュースでは事件の話題が頻繁に取り上げられ、渡米前の私は「本当に安全に暮らせるのだろうか」と不安を抱いていました。
しかし、実際に10年間住んでみると、日常生活で治安の悪さを強く感じることはほとんどありませんでした。
夜に危険とされる地域へ行かない、人目につく場所に荷物を放置しない、公共の場で寝ないなど、基本的なことを守れば、日本と大きく変わらない感覚で生活できます。
とはいえ、長く住んでいると「これは怖かった」と感じる出来事もいくつかあります。
今回は、その中でも特に印象に残っている3つの体験を紹介します。
写真
渡米して2年が経った頃のある日、玄関のチャイムが鳴りました。
扉の向こうには、男2人が立っていました。

少々怖かったですが、恐る恐る扉を開けると、何の前置きもなく、
「この男を見たことがあるか?」
と写真を差し出し、私に見せました。
そこには男性が映っていました。
どういう人なのか説明を受けていなくても、その写真の男は何かの犯人だとすぐに分かります。
なぜなら、まるで映画に出てくる悪役のような、鋭く険しい表情だったからです。
私は凶悪犯罪者です、と大きく顔に書いているようでした。
私は、驚きながらも、
「いや、見たことがありません。」
と伝えると、男2人は去っていきました。刑事だったのでしょう。

しかし、あんな恐ろしい顔をした犯人が、このあたりをうろついている可能性があるの?と思うと、さらに怖くなりました。
あんなのに家に押し入られたら、100%、命はないなと思いました。
しばらくの間、外出が怖くなりました。
生活が落ち着いてきたタイミングだっただけに、余計に不安が強く残りました。
安物買いの銭失い?
コンドミニアムに住んでいる時です。
ある日、家の扉を誰かがノックしました。
開けると、男性が一人立っていました。
「あなたの車の窓ガラスが割られていますよ。あれはお守りかな?バックミラーにぶら下げているでしょ?」
と、言われました。
多分、自分の車だろうと思い、駐車場に降りてみると、運転席側の窓ガラスが粉々に割れていました。

車内を見ると、盗られたものは、缶ホルダー2つだけでした。日本に一時帰国した時に買ってきた、ひとつ100円の缶ホルダーです。
窓ガラス1枚の修理費、約80ドルでした。当時レートで約1万円です。
私は思いました。缶ホルダーあげるから、窓ガラス割らないで、と。
もちろん缶ホルダーはアメリカでも売られていますが、その缶ホルダーは、蛇腹になっており、500ml缶にも対応できるタイプで、ダッシュボードに両面テープで取り付けていました。
あまり見ないタイプのものだったので、目に付いたのかもしれません。
それからしばらくして、また車の窓ガラスが割られました。
今度、盗まれたのは、AM/FMラジオでした。コンソールから抜き取られていました。

その何の変哲もないメーカー純正のラジオは、数千円程度のものです。
また同じ思いが浮かびました。ラジオあげるから、窓ガラス割らないで、と。
安いものを失うのに、高いものも同時に失う恐怖を感じました。
この理不尽さと、いつまた割られるか分からない不安が、じわじわと心にこたえました。
佇む人
さて10年の留学生活も終え、いよいよ帰国まで1週間となった時の出来事です。
ニューヨークにジャズギタリストの親戚がいるのですが、その時は日本に一時帰国中でした。私が帰国する日まで、その親戚のアパートを使わせてもらえるという話になっており、家の鍵を預かっていました。
最後の1週間はマンハッタンで暮らすか、ということで、帰国1週間前にニュージャージーのアパートを引き払うことにしました。
ガレージセールで家財道具を売りさばき、その売れ残りのいくらかを知り合いの日本人留学生宅に届けた後、残りの荷物は、その留学生と一緒に親戚のアパートへ運びこんでおくという予定でした。
さて帰国1週間前となり、車にはトランクだけでなく、車内にもいっぱい荷物を積み込んで、長年住んだアパートを後にしました。
その留学生のアパートがあるマンハッタンまで、事前に連絡した時間に合わせて向かいました。
アパートに到着しました。
向かいの歩道に体格のいい男性2人が立っていました。

微妙な距離を置いて立っているのが少し気になりましたが、そのまま気にせず、車を降りて、アパートのチャイムを押しました。
反応がありません。
もう一度、押しました。
反応がありません。
何度押しても反応がありません。
留守なのか?なんで?約束しておいたのに。
仕方ないので、通りの端にある公衆電話で電話を掛けようと思い、アパートの前に車を置いたまま、公衆電話に向かいました。
公衆電話に着いた瞬間、背後で「ガンガン!」と音がしました。
何かと思い、振り返ると、男2人が私の車の窓を足で蹴って割ろうとしていました。

ぎっしり詰まった荷物を狙っているのは明らかでした。
びっくりした私はとっさに、
「コラッ!」
と日本語で叫んでしまいました。
その2人は、どこから聞こえたのか分からないといった感じで、逃げていきました。
その2人は、向かいの歩道に立っていた男でした。
不審な印象は受けていましたが、まさかここまでの行動にすぐに出るとは予測できませんでした。
予測しづらい理由は、狙っていたのではなく、最初はそのつもりはなく、隙を見つけたら即行動に移すので、他に立っている人と見分けがあまりつかないのです。
こうなると周囲にいる人、全員信用できなくなる感覚に陥りました。
出直すにも、ニュージャージーのアパートは引き払ったので、もう戻れないし、先に親戚宅に荷物を入れようにも、入れている間に荷物を見張ってくれる人がいないと、瞬間的に盗難に遭ってしまうし、車を横づけできる公衆電話もなく、そもそも頼れる人もおらず、極度に心細くなってしまい、半泣き状態になってしまいました。

半泣き状態でしばらく走っていると、突然ひらめきました。
パニックになりかけていて、思い浮かばなかったのですが、もう一人、知り合いがクイーンズにいることを思い出しました。
早速クイーンズまで行き、チャイムを押しました。
また反応がありません。
しかし、ここはクイーンズです。車の通りもマンハッタンほどではないので、車を横づけできる公衆電話があります。

電話をかけてみると、留守でした。
朝10時に家を出ましたが、もう辺りは暗くなっていました。
再び心細くなりかけましたが、約束していた知り合いに、ここから電話を掛ければいいだけではないか。最初からこうすればよかったことに、全然気づきませんでした。
電話すると、
「どうしたんですか?ずっと待ってますけど。」
と、軽い感じの返事。
聞いてみると、チャイムが壊れていたということでした。
「あれっ?昨日まで鳴ってたのに。」
たまたま、私が行く日に壊れたようです。

再び、マンハッタンに戻り、荷物をアパートに入れて、事なきを得たのですが、荷物をいっぱいに詰めた車を一人で運転し、暗くなるまで彷徨っていた時の心細さは、今でも忘れられません。周囲の人すべてが、自分の荷物を狙っているという感覚に陥る恐怖。
10年間のアメリカ生活で、一度も渡米を後悔したことはなかったのに、帰国直前に強く後悔するという経験をしてしまいました。
とはいえ、10年間で「恐怖を感じた出来事」はこの程度です。
基本的なことを守れば、日常生活は安全に過ごせます。
海外で生活する際は、現地の人に危険な場所や注意点をよく確認しながら、 自分の身を守る意識を持つことが大切だと感じました。
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