アメリカ留学時に、いとこがニューヨークに住んでいました。
いとこの夫は、ジャズギタリストとしてニューヨークで活動していました。
ジュリアード音楽院で教鞭をとりながら、休みの日は、飲食店の前で演奏をする、といった活動を送っていました。
ある日、そのいとこから
「ハーレムにあるお店で演奏があるけど、見に来る?」
と言われました。
正直、少々抵抗がありました。
ハーレムは、アフリカ系アメリカ人の文化とビジネスの中心地ということですが、かつては危険なスラム街として知られていました。
現在は、都市改革により犯罪が減り、安全に歩けるエリアが増えたということですが、現在でも注意が必要な場所が残っているそうです。
当時は、その都市改革が始まったばかりの頃なので、まだまだ気が抜けない場所でしたが、自分一人では行く気になれない場所なので、良い機会だということで、一緒について行くことにしました。
私はコミュニケーション・アーツ学部に在籍しており、Audio ProductionやVideo Productionの授業を受けていました。何かの時のためにビデオカメラで色々と撮影しておりましたので、この時もビデオカメラを持っていきました。
マンハッタンにある、いとこのアパートまで車で行き、そこから地下鉄でハーレムまで行きました。

ディナータイムでの演奏ということで、夜の移動です。列車が進むにつれて、人が少なくなっていきます。
途中の駅で乗り換えのため、次の地下鉄を待っていたのですが、プラットフォームには、人がほとんどいない状態でした。
そんな時、突然、右横から大きな音がしました。
何の音かと思い、そちらに目を向けると、2人の黒人男性がベニヤ板でできた倉庫の扉を足で勢いよく蹴っていました。
手前にあるチケットブースにいた黒人女性が、それを見て、どこかに電話していました。
そのうち扉の一部分が破れ、そこから一人が中に入り、何か手にして走り去っていきました。
金属のバケツ2つでした。

私は、そんなものを盗むために、こんなことまでするのか、と驚きました。
そして肩からぶら下げているビデオカメラを持ってきたことを後悔しました。
目的の駅に着きました。
駅から出ると、そこはまさに夜のハーレムといった光景で、人がいないのに、多くの目を感じる空気感が漂い、とてもビビりました。
当時のビデオカメラは家庭用とはいえ、肩に担ぐタイプでしたので、できるだけ周囲からカメラが見えないように、自分の体で隠そうとしながら歩いていました。
全然、体で隠せないので、意味はないのですが。
早く店に到着してくれ、と心の中で願いました。

やっとの思いで、お店に到着。
まずは、お店のオーナーに挨拶をということで、2階奥に向かいました。
そこで目にした光景は、今も忘れられません。
階段を上がると、2階はタバコなのか、厨房の煙なのか分かりませんが、モヤがかかっており、奥が見えません。
そのままついて行くと、徐々にモヤが薄れていき、カウンター横にいる、黒人女性のオーナーが目に入りました。
老人で身体が細く、小柄なほうなのですが、圧倒する貫禄があり、その座り方と座る位置とモヤがかった店内との構図も完璧で、まるで映画の1シーンを見ているかのようでした。

「うぉぉ、かっこええ!!」
心の中で私は叫びました。こんな渋い、イカしたお婆さん、今までに見たことがありません。
挨拶と握手を交わした後、誘導された席に座りました。
メニューを眺めながら、いとこから、ここはアメリカ黒人の伝統料理、ソウルフードのお店で、ヘビー級ボクサーのマイク・タイソンもよく来る、と説明を受けました。
その日、マイク・タイソンは来ていませんでしたが、店内には体格のいい男性客がたくさんいました。ビデオカメラなんか回せる雰囲気ではありません。そもそも店内は撮影禁止です。
アメリカでの料理で、ひとつ感じていたのが、あまり味付けがされていない印象を受けていました。素材の味を大切にする、というようなことがあるのかもしれませんが、その点ソウルフードは味付けがされていました。
人から聞いた話では、昔、人種差別の時代に、白人が捨てた食材を使って、色々調理して食べられるようにしたと。そのなかに味付けがあった、と聞いたことがあります。
実際に食べた感想としては、味付けは穏やかで、安心して食べられる優しい料理でした。

演奏が始まりました。
もちろん撮影なんてできるわけもなく、ただ聞き入っていました。
レストランの雰囲気も相まって、ジャズの音色がとても心地よく、ジャズが分かったような気分になりました。
ひと通り演奏が終わり、帰宅となりました。
渋すぎるオーナーを横目に階下へ降り、お店の扉を開けると、夜も深くなっていました。
陰鬱な空気が充満するなか、暗闇の中から何かが現れそうな気がしてなりません。

人気のないハーレムの夜には、ビデオカメラは、ただただ邪魔にしかなりませんでした。
またも無意味に体でカメラを隠しながら、いとこのアパートの最寄りの地下鉄の駅まで急ぎました。
駅から出ると、いつものマンハッタンの景色が違って見え、とても安全に見えました。

あのソウルフード店のオーナーの放つ凄まじいオーラは、今でも心に焼き付いていて、忘れることはありません。アフリカ系アメリカ人の重厚な文化を全身に叩きつけられた貴重な体験でした。
しかし、色んな意味でビビりすぎて、結局、何も撮影できませんでしたが。
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