私の周りはいつもそうなの

携帯電話が鳴っている 人生エピソード

メーカーに勤めて2年目が過ぎようとしていた頃です。

いつものように朝、家を出て、会社に向かいました。

その日はカナダの拠点に入社された方が、研修のために出張で日本に来ており、前日から会社近くのホテルに泊まっておりました。

その日、出社途中、その方をホテルまで迎えに行きました。

会社に到着後、各メンバーへの紹介、挨拶を終え、業務の説明などをしておりました。

そんな日の夕方、自分の携帯電話が鳴りました。

母親からでした。

「家が火事になった。すぐに帰ってこい。」

「分かった。すぐに帰る。」

と告げ、カナダから来られた方に家が火事になったことを伝えると、

「何しているの?すぐに帰って!」

上司に事情を説明し、その日は早退しました。

私は、ボヤか、どこか一部が燃えたのだと思っていましたが、どうも電話での母の口調が気になったので、家に帰る途中、母に確認をしました。

「どこが火事になったの?」

「全焼だ。」

そこからどうやって家に帰ったか覚えていません。

家に着いてみると、自宅はまるで戦争映画に出てくるような廃屋になっていました。

焼け落ちた自宅

屋根がまだかろうじて残っている状態で、他は見るも無残な状態でした。

私は焼け落ちた我が家を見上げ、呆然と立ちつくしたことを憶えています。

火事の原因は、石油ストーブでした。

母は、冬が来る前に掃除しておこうと、物置から石油ストーブを出していました。その年の春、物置にしまう前に灯油を燃焼しきっていたと思い込んでいたようでしたが、実際には、まだ灯油がいくらか残っていたようです。

それに気づかず、掃除をするまでの間、部屋の隅にストーブを置き、さらにストーブの上に、捨てる予定の古新聞を置いていました。

昔の石油ストーブは点火するのに、重い点火スイッチを数秒間押し込んで点火するようになっていましたが、そのストーブは電動式で、点火スイッチを軽く触るだけで点火できるようになっていました。

隅に置いていたこともあり、気づかず何かがそのスイッチに触れ、点火されたと思われます。

古新聞とストーブ

定年を迎えていた父が自宅にいましたが、昔から家を出るときに「火の元は大丈夫か?」と必ず口にしていましたが、いざストーブの周りが燃えているのを発見するやいなや、気が動転してしまいました。

燃えたぎるストーブの取っ手をとっさに素手で掴み、庭に投げ出そうとしました。

当然、手は火傷を負い、ストーブは庭への出口付近で止まり、出口の両脇にあるカーテンに火が燃え移りました。

そこから早かったそうで、一気に天井まで燃え広がり、家の中に煙が充満しだしました。

そこで、さらにやってはいけない行動をとることになります。

煙を出すために窓を開けてしまいました。

一階窓から煙

盛大に酸素を取り入れることになり、あっという間に2階まで燃え広がりました。

2階には父方の祖母がおり、フライパン状態に。熱い熱いと叫び声がしたそう。

このままでは、祖母が焼け死んでしまう。

幸い、近くに非番の消防士の方がおり、長いハシゴを持ってきて、窓から祖母を助け出してくれました。スーパーマンのような方です。感謝しきれません。

その後、消防車が到着し、火は消し止められました。

幸い風のない日でしたので、火と煙は真上に上がっており、類焼はありませんでした。

大切な家を失った家族は、家の前にある集会所で、声もなく沈み込んでいました。

数日の間、集会所にいて、写真をメインに焼け跡から焼け残ったものを拾い上げておりました。

色々見渡していると、一眼レフのストラップがカメラ本体を貫通していました。

熱のすさまじさを感じます。

焼けたカメラ

使えるものはほとんどなく、写真も切れ端のみがほとんどです。

本当にすべてを失ったのだなと痛感しました。

そんな中、落ち込んでいた家族の心を支えたのは、やはり火災保険でした。

保険会社の方に

「失った思い出の品は戻ってきませんが、必ず元の生活に戻れますから、気を落とさずに頑張ってください。」

と言われ、常套句かもしれませんが、少し心が楽になったのを憶えています。

その後、住宅メーカーの方と、家を建て直す話を具体的にし始めると、心がどんどん明るくなっていって、乗り越えられそうだという気持ちになりました。

火災保険

しかし、火事の本当の恐ろしさをこれから知ることになります。

隣や後ろなど周囲の住民の方に、謝罪に行った際、

「またここに家を建てるのだろうけど、今度はうちから3メートル以上離して建てろ。」

私はショックを受けました。

すべてを失った者への同情ではなく、追い出そうとしていました。

さらに私は勘違いをしていることに気づきました。

私は被害者ではなく、近隣の方々にとっては、過失のあった加害者なのです。

そんな不注意な人間には、近くに居てほしくないのです。

住宅メーカーの方に相談して、他で家を建てることを伝えました。

住宅メーカーの方は、それは気にしなくてもいいです、ということでしたが、子供をこれから育てる環境としては良くないということで、他を探すことにしました。

会社の机で

それから1週間後、会社に出社しました。

カナダからの方に、火事の出来事について話をしていると、

「私の周りはいつもそうなの。カナダで2回引っ越しをしたけど、2回とも引っ越し先で火事があったわ」

で、今回は私の家が火事ですか?

私は何かに取りつかれているのかもしれないと思うと同時に、その方の出張は今回で最後であってほしいと願いました。

火災保険のおかげで、火事から1年後には立派な家ができましたが、まだまだ波乱は続きそうな気配です。

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